アスモ新聞
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アスモ・たんぽぽ新聞200号

アスモ・たんぽぽ新聞第200号 トピック

「創刊200号」
花堂  アスモたんぽぽ新聞はおかげさまをもちまして今号で200号の節目を迎えることができました。

 弊社は2000年創業、今年23年目を迎えます。そしてアスモたんぽぽ新聞は創業して6年目、2005年9月に創刊致しました。16年と8か月が経過したことになります。今回、アスモたんぽぽ新聞を発刊することとなった経緯や思い出に残っている記事などをご紹介したいと思います。


 弊社(株式会社アスモ)では現在様々な事業を行っておりますが、この新聞の媒体名にあえてたんぽぽを付け加えているのは、私が7年間、訪問介護員として現場に入っていたことによります。私が現場を離れつつあり、ご利用者さまとお会いする機会が減るなかで、毎月ご利用者のみなさまへ元気な様子をお届けしたいとの思いで発刊に至りました。売上げや利益の大きさももちろん大切ですが、弊社のベースにある哲学や理念は介護現場で得た課題そのものです。その意味で介護の現場とそこで働くヘルパーの皆さんが一番の宝だと思っています。媒体名に事業所名(たんぽぽ介護)を残すのもそのような考えのもとにあると思っていただければと思います。

 発刊当時はスタッフも忙しく、すべての原稿を自分で作り取材も行っていましたが、今ではスタッフのサポートのおかげでトップページの記事作成のみですむようになりました。
 199回までの記事に目を通していると、第4号の記事に目が留まりました。

 タイトル「おかげさまで」

 「夏が来ると冬がいいという、冬になると夏がいいという」「忙しいと閑になりたいという、閑になると忙しい方がいいという」「自分に都合のいい人は善い人だと誉め、自分に都合が悪くなると悪い人だと貶す」「借りた傘も雨が上がれば邪魔になる」「金をもてば古びた女房が邪魔になる、世帯をもてば親さえも邪魔になる」「衣食住は昔に比べりゃ天国だが、上を見て不平不満に明け暮れ、隣を見ては愚痴ばかり」「どうして自分を見つめないか、静かに考えるがいい、いったい自分とは何なのか」「親のおかげ、先生のおかげ、世間様のおかげの塊が自分ではないのか」「つまらぬ自我妄執を捨てて、得て勝手を慎んだら世の中はきっと明るくなるだろう」「おれがおれがを捨てて、おかげさまでおかげさまでと暮らしたい」・・・・・。


 これは一昨年他界した故野村克也氏の「野村ノート」のはじめの言葉です。

 当時野村氏がヤクルトの監督時代、二軍のグランドで練習する機会があり、ロッカールームに立ち寄ったところ、ロッカーに貼られていたそうです。そのとき野村氏はこの貼り紙を見て、当時プロ野球選手をはじめ、世の中で一番欠落している「感謝のこころ」に他ならないと思ったと結んでいます。

 本日より300号に向けてまた新たな気持ちでスタートしたいと思います。改めて「感謝のこころ」とは何かを自問自答しながら、高齢化社会のお役に立つ企業とは何かをスタッフ一丸となって追求していきたいと思います。今後とも宜しくお願い致します。

SDGs(持続可能な開発目標)活動報告

 一昨年よりスタートしましたSDGs(持続可能な開発目標)活動は、弊社の一ヶ月間のサービス量に応じて寄付活動や社会活動の原資に充てる予定になっております。
 4月の活動実績=16,170Pとなり、一昨年より開始いたしました累計数は、500,740Pとなりましたのでご報告させていただきます。また、具体的な活動内容の詳細につきましては、引続きアスモ新聞にてお伝えさせていただきます。

アスモ・たんぽぽ新聞 過去分

2022(令和4)年 196号~ ▼
2021(令和3)年 184号~195号 ▼
2020(令和2)年 172号~183号 ▼
2019(平成31・令和元)年 160号~171号 ▼
2018(平成30)年  148号~159号 ▼
2017(平成29)年  136号~147号 ▼
2016(平成28)年  124号~135号 ▼
2015(平成27)年  112号~123号 ▼
2014(平成26)年  100号~111号 ▼
2013(平成25)年  88号~99号 ▼
2012(平成24)年  76号~87号 ▼
2011(平成23)年  64号~75号 ▼
2010(平成22)年  52号~63号 ▼
2009(平成21)年  40号~51号 ▼
2008(平成20)年  28号~39号 ▼
2007(平成19)年  17号~27号 ▼
2006(平成18)年  5号~16号 ▼
2005(平成17)年  創刊号~4号 ▼